【対談録】クラウドファンディング特別対談   ~非営利株式会社eumo代表取締役 新井和宏氏× こまちぷらす森~《前編》

こまちぷらすでは、8/25(金)よりクラウドファンディングがスタートしました。
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今回のクラウドファンディング対談企画の初回ゲストは 非営利株式会社eumo代表取締役の新井和宏氏にお越しいただきました。


森:こまちぷらすの森です。今回はクラウドファンディングのスタートに際して、尊敬をしているeumo(ユーモ)代表取締役の新井さんをお迎えしてお話をお聞きしたいと思います。新井さん、よろしくお願いします。

新井和宏さん(以下、新井):はい!よろしくお願いします。

クラウドファンディングを始めようと思った経緯

森:新井さんと話したいことはたくさんあって、なかなか絞り込めないのですが、今回私たちがやろうとしていることに掛け合わせて深めたいことが2つあります。一つ目が「分かりにくいこと」。それから二つ目が「共感」と「デザイン」です。
まずは、なぜそのテーマで深めていきたいと思ったのかを話してもよろしいでしょうか?

新井:お願いします。

森:こまちぷらすを2012年にスタートして、最初から言われ続けていることが「分かりにくい!」ということなんですね(笑)

「カフェをやっている団体だよね?」とか「誰をどう支援しているの?」とか、最近だと「こども食堂なの?」などと、よく聞かれることがあります。

例えば「困っている人を支援する」というのは分かりやすいのですが、実際困っている状態の時って、本当にその場所に行けるのか、支援が必要であることを自ら言えるのか、あるいは、どちらかと言うと、支援が必要であることを言いたくない、言えない人たちが圧倒的に多いと思うのです。だから、支援が必要な人が、必要な時に足を運べるような「場」や「間」となるような空間が必要であると思い、私たちはカフェ型の居場所をつくってきたんです。

今でも場や間となるような空間をつくりたいと思う人たちが、今でもこまちぷらすの研修やインターンに来ていただいていますが、さらに日本全国でそういった場が増えるようにするために、その土壌をつくるためにクラファンを実施することにしました。

「何かものをつくるため」のクラファンは分かりやすいのですが、今回のクラファンは、目的が分かりにくいんです。日本内外の居場所をつくる土壌が必要であると。この土壌をつくるための挑戦をみんなと一緒にやりたい、ということがクラファンの目的なのです。

少し話がそれますが、昨年(2022年)、ボストンへ1か月行ったときに、「トランポリン」と「壁」という話を聞いたんです。世の中のあらゆる活動は、壁の前にトランポリンをたくさんつくること。でも、飛び越える元気のある人しか、壁を超えることができない。

新井:そうですよね。

森:それだけ大きな壁が世の中にはたくさんあるということ。本当ならばトランポリンが必要なくて、壁を低くすればよいのですが、なかなかここに対しての支援や応援が少ない現状があります。トランポリンをつくることの方が分かりやすい。

新井:うん、うん。

森:でも、やっぱり活動をずっと続けている中で、居場所をつくる土壌づくりをやらない限りは、かなり時間がかかると気付き始めました。今回はこの土壌をつくる壁を無くすことをやろうと思っています。

新井:なるほど

森:私たちがやろうとしている、この「分かりにくいこと」をデザインするのは、すごく難しいなって思ったんですね。でも、これをやり遂げている方がいる。失礼な話かもしれませんが、その一人がeumoの新井さんだと思ったんです(笑)

新井:そんなことないですよ(笑) 僕もずっと言われ続けていますから。

森:そんなことが背景にあって、新井さんに今日はぜひ、先ほどお話しした2つのテーマでお話を伺いたいと思いました。

■「分かりにくい」のはイノベーティブなことである

新井:さっき森さんが言っていた「トランポリン」と「壁」。まさに世の中って、そういうことだと思うんです。どのようなことかと言いますと、トランポリンは対処になりやすい、つまり本質的な解決ではないですよ。要するに、みんなが分かりやすいから、みんなが飛びつく。本質的なことというのは、分かりにくいものです。すごくあいまいで、どのようなものに効果があるのか分かりにくいということが特徴としてあります。

例えば、怪我をしたときに血が出ていたとしたら、止血することをみんなは一生懸命考えるわけです。止血をするということは、目の前で起こっているので、やらなければいけないことなのですが、それをいつまでも血が止まっているのにやり続けるのは意味がないじゃないですか。本当に解決していくためには、怪我をした人が元気になる必要がある。すなわち、たくさん健康で美味しいものを食べることなんですよ。でもそれって、怪我に効いているのか、他の部分に効いているのか、見ただけでは分からないんですよ。だから「分からないもの」なんですよ、ということをよく言うわけです。

森:すごく分かりやすいですね!

新井:本質的な解決って、そこだと思うんです。つまり、何事にも言えることかもしれませんが、本質的解決の分かりにくさがあるがゆえに、みんなそこにアプローチがしにくくて、結果が見えにくいから、ほったらかしにされてしまうんです。

ほったらかしにされてしまうからこそ「対処」になってしまい、現状が変わらないことが続いているのではないかと思うんです。

もう一つ、言いたいことがあります。

「これは何のためにあるのか?」と言ったときに、人は「分類」「区分」したいんですよ。

例えば先程、こまちぷらすに対する印象として言われていた、「こども食堂」もそうです。いま、自分の知識の中にあるものに区分をしたい。でも、それはイノベーティブではないということを言いたいのです。

なぜかと言いますと、僕が鎌倉投信で投資の仕事をしていたころ、「業種の区分にくくられる会社はイノベーティブではない」と言っていたんです。イノベーションが起こっていないから、その業種に収まっているのだと思います。「何をやってるか分からないけど、成長している会社がイノベーティブである」と言っていました。

独自性を持った瞬間に「何をやっているか分からない」と言われるのだから、「何をやっているか分からない」は、褒め言葉なんですよ。だから、何も心配をする必要はないんです。

森:なるほど!でも、本質的なことであればあるほど、解決している状態や課題、解決策ですら、わかりづらい、イメージしづらいということですね。

新井:ええ、ただ確実に言えることは、みんなが心地よい場所であれば、みんな来る、ということです

みんながより良い状態であれば、より良いコミュニティができる。それを目指しているのであれば、支援している側とされる側、ではなく、みんな心地良いんですよ。みんながやりたいから、手伝う。関わりたいから、関わる。そうなれば、最高じゃないですか。

みんなに知ってほしいのは、支援される側になるのは、みんなイヤであるということです。誰かにずっと頼っている中で生きることって、息苦しいですから。でも、そんなことを感じなくて良い場所が、そこに存在するのであれば、最高じゃないですか。支援をしているのか、されているのか分からない。でもその中で、自分は必ず何かになっていると感じられる場。みんなが心地よい状態の中で、何かが生まれてきていると感じられる場。そんな場を提供できているということは、自然発生的で偶発的に素晴らしいものが生まれ続けることであれば、そこに目的は無い方が良いですよね。狙ったものにしかならないのであれば、その人たちはある種、型にはめられているだけだから、楽しめてないじゃんって思います。

何が生まれるか分からない中でワクワクしていけるような場を提供できているからこそ、こまちぷらすは価値があると思いますよ。

森:ありがとうございます!元々あるべき姿を描いて「みんなこうなるよね!」にあてはめていくような発想ではなくて、何が生まれるか分からないけれども、それを一緒に楽しむ。それが結果的にもっともイノベーティブな場になっていくということですよね。

新井:そういうことです。想像をはるかに超えたものが生まれてくるということ。それを信じられるということ。そして、それが結果として出ているということ。こまちぷらすには、それが生まれてきているんですよ。

分かりやすく言えば、三遊間に落ちていくボールを拾えるのは、こまちぷらすしかないんですよ。つまり、区分された中で、区分されたところにカバーされた人たち、というのがいるのですが、どこに区分されて良いか分からない人たちは、どこまでも救われないということですよね。だから三遊間があり続ける。でも、こまちぷらすは、その概念を破って、間に落ちてしまう人たちが心地よくいられる場を、ちゃんと作り上げていることが価値ではないでしょうか。

森:すごく価値づけていただいて嬉しいです。実際に全国にいる仲間と話をしていても、「そういう場を自分も欲しかった」「だから作りたい」という人が多いんです。何を求めているかも分からない。でも何かをいま求めているときに、行ける場が意外に地域の中にあるようでないんです。

新井:だから、あるシーンで支援する側になり、あるシーンで支援される側になる。人って、そういうものじゃないかなぁ。ずっと支援する側であり、ずっと支援される側であるというのは不自然な状況です。部分的にはあり得るかもしれないけど、全体最適ではないのではないでしょうか。

だからこそ、長く愛される場というのは、みんなが自然体で状況によって、自分自身の発揮できる場が変わっていくことではないかと思います。そう考えれば考えるほど、あいまいなものというのは、経験してみたときに初めて分かることじゃないかなと。頭で理解できる範囲を超えている部分もありますから。だから「体感」というのは、すごく重要なことではないでしょうか。こまちぷらすの心地よい空間に行ってもらったときに初めて分かることがあるから、結局そこで生まれてきているものが事実でしかないと思います。

森:なるほど。私たちが居心地の良い場をつくるにあたって、すごく大事な要素だと思っていることが、入口がいかに入りやすくて日常にすごく近いところにあるかということ。それから、参加の余白があって、自分が支援する側にもされる側にもライトに移行できること。さらには、そこにつなぐ人の存在があることこれら3つが繋がってくると、自然発生的なものが生まれてくると思っています。

新井:うんうん。


後編に続きます。

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